「Innocent Age」アルバムレビュー【総括】

“恋”と“愛”というテーマのアルバム『Innocent Age』は、歌詞やサウンド、そして歌がこれまで以上に物語性を持って耳に飛び込んでくるストーリー・コンセプト・アルバム的作品となった。同時に、とても丁寧で豊かな感情表現で恋と愛、そして人の成長を描いた素晴らしい作品となっている。バラエティに富んだテーマ・パーク的な前作『NEO FANTASIA』に対して、本作におけるサウンドは全編バンド・サウンドに統一されている。しかし同じ楽器の鳴りも曲によって異なる表情を見せており、例えば茅原実里サウンドの代名詞であるストリングスひとつとっても、各曲で語られる感情に応じて、実に有機的な作用をもたらしている。これまで以上に、音が語り部となって耳に飛び込んでくる心地良さは衝撃的だ。そして何より、茅原実里の歌声である。彼女もまた、幼い恋心が愛へと成長する過程を丁寧に演じるように歌う。この表現力は、なるほどキャリアを積んだ今だからこそ出せるものだろう。そんな豊かなパフォーマンスが、『Innocent Age』には詰まっている。そしてそこには“イノセントな時代”という、誰もが体験したことのある、あるいはいつか訪れるであろう物語がきっと描かれているはずだ。
澄川龍一(リスアニ!)

【楽曲解説】

01: いつかのわたしへ

“恋”、そして“愛”をテーマにしたコンセプト・アルバム『Innocent Age』の冒頭を飾るプロローグ。柔らかいアコースティック・ギターのアルペジオから、やがて色づくように流麗なピアノが加わっていく静かなバラードで、美しいメロディを丁寧に歌う茅原実里の声はのっけから素晴らしい。タイトルにある“わたし”がこの先どのような“恋”を経験していくのか、またここで語る彼女はいつの“わたし”なのか……続くストーリーに期待が高まる導入である。

02: Awakening the World

アルバム本編の幕開けとなる、“恋に落ちるまで”を描いた一曲。ファンタジックなストリングスやキラキラしたピアノ、ドキドキ感を演出するようなドラムのキックなど、堀江晶太によるバンド・サウンドは恋らしいピュアネスに溢れている。また茅原の歌も、歌い出しはまだ恋を知らない少女のようなあどけなさすら感じさせるのだが、そこから“目覚めない世界”が目覚める終盤に向けて、それこそ世界が変わったかのように躍動していくさまは感動的ですらある。

03: 視線の行方

恋を夢見るようなファンタジックな前曲から、ほっこりとしたサウンドに振ったポップ・ナンバー。長門有希「雪、無音、窓辺にて」でもおなじみの田代智一によるメロディも、元marbleの菊池達也らしいバンド・サウンドも、そして茅原自身の歌声も実に“日常的”だ。そこに前曲でも作詞したこだまさおりのリリックが合わさり、まだ自分自身も気づいていない、何気ない日常から恋が芽吹く穏やかな光景が瑞々しく、甘酸っぱく描かれている。

04: きみのせいだよ

自然と視線で追うようになっていった“君”を意識し始めるようになっていく、いまだ恋と宣言するには至らない……そんなイノセントに混乱している気持ちを描いたポップなロック・ナンバー。元Hysteric Blueの楠瀬拓哉による歌詞とメロディは青春感たっぷりで、アルバム『Reincarnation』でタクトを振るった多田彰文の芳醇なオーケストレーションも相まって非常にゴージャス。茅原の歌唱もコミカルでとびきりキュートです!

05: あなたの声が聴きたくて

恋は始まってるのに自分の気持ちに整理がつかない、でも気になって仕方ない! ……そんな混乱する頭の中を描いたようなディスコ調ナンバー。おもちゃ的なエフェクトの導入から、オリエンタルなシンセ、ブリブリなベースライン……とサウンドはまさにカオティック! だけどとびきりポップなのだから面白い。そして茅原の歌声もまた、恋に右往左往するさまを見事に演じきっていて、なんというか、「がんばって!」って言いたくなるもどかしいかわいらしさがあるのだ。

06: 恋

前曲までの、恋が芽吹く過程が描かれたのちに、ついに自分の気持ちに素直になる、恋をする喜びを得た瞬間を切り取った先行シングル。楽曲単体としても堀江晶太によるピアノ・エモ的サウンドも含めて素晴らしいのだけど、アルバム収録曲としては、ここまで焦らして焦らしてようやく恋だと宣言したというカタルシスがある。茅原の歌声もなるほどこれまでと打って変わって、一気に視界が開けたような躍動感を感じさせるのだ。

07: 月の様に浮かんでる

この気持ちが“恋”であると気づいた瞬間の、歓喜のあとに訪れた感情は……。いわゆる恋のまた別の側面である切なさ、苦しさを描いた一曲。これまでの楽曲では主人公を祝福するかのような心地良さをたたえていたストリングスは悲痛に響き、松井洋平による歌詞も美しいがゆえの胸が押しつぶされそうな痛みすら感じさせる。そんなシリアスな状況で茅原もまた、辛い気持ちを抱えながら好きという気持ちを抑えられないとても繊細な表情を歌声で表現しきっている。

08: 春風千里

恋はうれしくて、切なくて、そして何よりアグレッシヴである。そんな恋の激情をしたためたロック・ナンバー。山元祐介による、和のテイストがピリリと効いているメロディや、ディストーション・ギターが前面に出たバンド・サウンドも実にアグレッシヴで、茅原自身による歌詞もまた自分の感情をまっすぐ伝えるストレートな仕上がり。そして、着飾ることなく前に突き進む強さを歌いきった茅原の歌唱が何よりアグレッシヴなのだ。

09: ラストカード

“君”との距離が近づけば近づくほど、やがて訪れるのは告白の瞬間。だけど最後の一歩を踏み出せない……そんなもどかしさを切り取ったかのようなネオアコ・テイストな一曲。冒頭のオルゴールや随所に聴かれるピチカートなどのエフェクトはキュートだし、歌唱も恋をしている喜びに満ちていてとても微笑ましく聴こえるのだけど、その一方でどうしても悪い結末を想像してしまうという不安も同時に描かれているようで、そのバランスがまた面白くもあり、また切ない。

10: Love Blossom

恋に気づき、恋する喜びを知り、恋が持つさまざまな感情と向き合い……その末に見えた景色とは。そんな感動的な瞬間を歌詞で、サウンドで、そして歌で写し出した名曲だ。名手・黒須克彦によるバンド・サウンド、大先生・室屋光一郎のストリングス、そしてサビで「恋の蕾」が開いた瞬間に鳴らされるただすけのウィンドウ・チャイム……と、すべてが完璧である。そんな祝福的なムードでの茅原の歌唱、ここで“愛”がついに登場するという歌詞も素晴らしい。

11: Dancin’ 世界がこわれても

恋から愛へ、その感情が変容していくと、なるほどこういう楽曲も生まれるのだ。ダンサブルなビートやギターのカッティングなど、サウンドはグっとオトナになり、畑 亜貴による“愛”を含んだ歌詞も一気に挑発的になる。“ふたり”以外の登場人物を拒絶する、いわば“浮かれている”シチュエーションに聴こえるのだが、アルバム前半でやきもきしてきただけにこの流れにはニヤリとしつつゾクゾクとなる。愛とはつまり、ワガママであることなのだ。

12: カタチナイモノ

アルバム終盤に訪れた、ヘヴィーな展開。導入のピアノから、美しいバラードかな? と思わせて、そこから不穏なメロディが足されていき、バンド・サウンドによる轟音が雪崩のように押し寄せる。そこで聴かれる、まるで慟哭のような歌声……恋が成就して愛と成り、そこに生まれたまったく新しい感情を表現した、非常にインパクトのある楽曲だ。アルバムとしても、物語としてもクライマックスに向かうなかでこの重苦しい展開は、実に効果的である。

13: ふたり

アルバム『Innocent Age』もいよいよクライマックス。これまで喜び、苦しみ、さまざまな感情を吐露したあとに見えた清々しい景色のような、いわばイノセンスに回帰するような爽やかなロック・チューンだ。黒須克彦によるストレートでキャッチーなメロディとサウンドは心地良く響き、そのなかで歌われる茅原の声もまた、肩の力が抜けたナチュラルな魅力が感じられる。アルバム5曲目となる茅原自身の歌詞も、シンプルでありながら美しい着地を見せている。

14: ありがとう、だいすき

TVアニメ『長門有希ちゃんの消失』EDテーマということで、シングル・リリース時には有希の想いが込められた楽曲となっていたが、『Innocent Age』においてもこの穏やかなバラードは“恋から愛”へ至るプロセスを実に丁寧に描いている。そんな情景を描いた畑 亜貴の歌詞、rinoによるメロディライン、Evan Callによるオーケストレーションすべてが優しく、そしていとおしい。これもまた、『Innocent Age』のテーマにおける、ひとつの解であるようだ。

15: 会いたかった空

シングルのリリースは約1年前、その時点で『Innocent Age』の構想はあったのかと思わせるほど、エンディングにふさわしいと思わせる一曲だ。『境界の彼方』のOP主題歌「境界の彼方」から引き継いだピアノ・エモ・サウンドに、より壮大なストリングスが加わり、さらなる高揚感をかきたてる。そしてそれは、アルバムにおける“愛”とシンクロして、「いつも いついつまでも」と繰り返される終盤を経て、“終わらない愛”という壮大なエンディングを迎えるのだ。

16: はるかのわたしへ

『Innocent Age』のエピローグは、プロローグの「いつかのわたし」と対となる小曲だ。須藤賢一の流麗なピアノと共に語られるのは、“いつか”を回想するプロローグに対して、“はるか”を見据えた未来への歌だと感じさせる。果たして“わたし”が何を想い、伝えようとしているのか。その結末はぜひ自身の耳と目で確かめてほしい。いずれにせよ、ここまで恋の芽生えから愛が生まれていく過程を知った人にとっては、あまりに美しく胸に届くはずだ。
top↑