冨田明宏

「NEO FANTASIA」アルバムレビュー(総括)

歌手活動を再スタートさせた2007年以降、茅原実里は我々にさまざまな“夢”を見せてくれた。日本武道館単独公演、さいたまスーパーアリーナ単独公演を実現させ、世界最大級のアニソンフェスである『アニサマ』のトリを飾るアーティストにまで成長した彼女の姿から、ファンは夢を現実にするための勇気をもらい、日常を生き抜くための活力としてきたことだろう。それだけではない。彼女の手がけてきたこれまでのアルバムは、すべてにおいて綿密なコンセプト・メイキングがなされており、その世界観に浸ることで現実や日常から心を解き放つという、“夢”の世界を提供する存在でもあった。そんな彼女の最新アルバムである『NEO FANTASIA』は、茅原が持っていたエンタメ性をより明快に、よりディープに発展させた作品である。コンセプトはズバリ、「テーマ・パーク」。開演から閉園までを多彩なアトラクションに見立てた楽曲で構成し、ゴージャスで、ドラマティックで、ファンタスティックなエンターテイメントの金字塔を打ち立てた。茅原実里が我々に見せる、まったく新しい夢の世界。彼女にしか生み出せないエンターテイメントの真髄を、思う存分堪能して欲しい。

01: The immortal kingdom

足を踏み入れた途端、これから待ち受けるファンタスティックな体験の数々を予感させるようなファンファーレが高らかに鳴り響く。あっという間に心奪われてしまう豪華絢爛なオーケストレーションと、夢の世界へと手を引く茅原の多幸感に溢れた歌声。“心躍る感覚”とは、まさにこのことを言うのだろう。大人も子供も、無心になって“夢”を見ることができる場所。この先には、どんな世界が待っているのだろう。どんなエンターテイメントで、我々を感動させてくれるのだろう。その期待は、この曲で一気に引き上げられていく。まさに遊園地のゲートをくぐるときの、あの感覚だ。畑亜貴の紡いだ歌詞は、現実の瑣末な出来事を忘れさせるための呪文のようでもあり、その言葉に吸い寄せられるように、誰もが笑顔でこのテーマ・パークに足を踏み入れていく。さあ、めくるめく夢物語が今、幕を開ける。

02: TREASURE WORLD

「The immortal kingdom」の延長線上にあるような、ヴォードヴィルなムード満載のジャズ・ナンバー。まるで喜劇的なミュージカルのスタンダードのようでもあり、目まぐるしく移り変わる場面に合わせて、茅原の歌声が表情豊かに変化していくのを耳で追うだけでも楽しい。コミカルな演技力で多彩なシーンに華やかな歌声を与えていく様子は、さすが役者である。俊龍の描き出した緩急効かせたメロディラインの素晴らしさもさることながら、ジャズの王道を貴重としながら、ジャンルレスに遊び心を盛り込んだElements Garden藤田淳平のアレンジにも思わず唸る。作詞は茅原自身の手によるもので、自らの過去作品に関連するキーワードが言葉遊び的に散りばめられているので、ぜひ探してみて欲しい(ネタバレになるので敢えて詳細は割愛!)。これまでの音楽活動の軌跡を辿りながら、その文脈の先にある、さらなるエンターテイメントへと歩みを進めた彼女だからこそ書くことができた歌詞だと言えるだろう。

03: SELF PRODUCER

恋する女の子が持つ秘められた可能性と底知れぬパワー。それをグイッ! と引き出し、背中をポンッ! と押してあげるような、ポップでミラクルな歌詞が印象的な「SELF PRODUCER」が3曲目に登場。「TREASURE WORLD」までの流れからハッキリとした場面転換を表現した。また、“恋に恋する”このハッピーな感情も、テーマ・パークに相応しい景色の一つ、ということなのだろう。2012年のアニサマで初披露された光景が今も瞼に焼き付いているが、数々のヒット曲を手がけてきた菊田大介と生み出した新機軸ともいうべきこの楽曲のインパクトは本当にすごかった。“恋心”というストレートな感情を、茅原の闊達で晴れやかな歌声で響かせたこの曲こそ、ファンにとっては一番心にグッとくるラブソングかもしれない。

04: TOON→GO→ROUND!

これはI’ve高瀬一矢にしか生み出すことが出来ない、“I’ve sound”の粋を結集させたかのようなパーティ・ソングである。サイケデリック・トランスをベースとした心地良いトラック・メイクと、エッセンスとして持ち込まれたNEW WAVE~ユーロビート系のシンセ・サウンドが絶妙な高揚感を生み出している。ともすれば、両者を合わせるとレトロな印象になりそうなサウンド・スケープだが、メロディラインが持つ問答無用のパーティー感がグイグイと楽曲を加速させ、キャッチーで斬新なポップソングへと昇華させている。高瀬といえば、前作『D-Formation』に収録されていた「嘘ツキParADox」でも最高にクールなアシッド・トランス・ナンバーを提供していたが、今回の「TOON→GO→ROUND!」で見せたまったく異なるアプローチも新鮮で面白い。茅原実里の持つ新たな可能性をまた1つ垣間見たようでもある。

05: 1st STORY

この楽曲を聴いたとき、2000年代中期にアメリカのインディー・ロック・シーンで流行した〈ピアノ・エモ〉というジャンルのことがふと脳裏を過(よぎ)った。疾走感と切なさが激しく交錯する、叙情的で“エモい”このロック・サウンドは、昨今ではやなぎなぎを要した第二期supercellが代表的なアーティストと言えるかもしれない。この楽曲が持つ、どこまでも空に向かって駆け上がっていけそうな解放感と、聴くほどに心が鼓舞されていくような昂揚感、そしてこの焦燥的な青春感は、緻密なバンド・アンサンブルの中で存在感を出しているピアノの旋律と、まっすぐ未来に向かって伸びていくような、茅原の雑味のない清々しいまでの歌声によって生まれている。茅原の綴った歌詞と歌声の快活な響きは、どこまでもストレートで、どこまでもポジティヴだ。

06: endless voyage

「1st STORY」で空に駆け上がっていったアトラクションは、なんとそのまま宇宙空間へと場面を変えていった……そんなコズミックなサウンド・スケープで幕を開けるのが、Arte Refact矢鴇つかさが作編曲を手がけた「endless voyage」である。この楽曲、駆け抜けるようなトランス・サウンドのパワフルな音圧の中で、存在感のあるギターが唸りを上げるアレンジメントが問答無用でかっこいい。少し懐かしさも感じられるようなサイバーなデジタル・サウンドだが、やはりこの手のサウンドが持つ快楽性、中毒性には体が抗えない。しかも、しなやかで力強い茅原の歌声がどこまでも耳に心地良く、情熱的に響く。松井洋平が手がけた、宇宙をモチーフにしながらもさまざまなメタファーが織り込まれている壮大な歌詞も美しく、実に感動的である。

07: 真白き城の物語

このフルートとストリングスを基調としたアレンジメントの手触りは、かつて『ルパン三世』シリーズの音楽を手がけた日本ジャズ界の巨匠・大野雄二が80年代に世にお送り出した数々の名アレンジを思い起こさせた。恐らく、ジャズのシャッフルに近いアイリッシュ・トラッド調の6/8のリズムが往年の大野アレンジとリンクしたのだと思うが、この牧歌的なリズムでありながらもどこか都会的な匂いのするアレンジが、ノスタルジックな感情を喚起させてくれる。さて、この楽曲は畑亜貴が作詞を手がけ、作曲は元I’veの島みやえい子、そして近年は藍井エイル楽曲でお馴染みの存在である下川佳代がアレンジを手がけている。ずっとアニソン・シーンを追い続けてきた身として、こんなにも胸踊る布陣はない。雪深い地に立つ城の深窓にて、待ち人が訪れるのを心待ちにしているお姫様。そんな幻想的な情景が思い浮かんでくるこの歌詞も、恋焦がれる純粋な乙女心を暗喩しているのかもしれない。

08: Celestial Diva

「真白き城の物語」によって引き込まれた幻想の世界。その先には、さらに美しく、激しく、ディープなファンタジーが待ち受けていた。ご存知、ALI PROJECTの宝野アリカが初めて茅原実里のために歌詞を提供し、Elements Garden上松範康もこれまた初めて茅原のために曲を書き下ろした「Celestial Diva」である。憂いや悲哀を纏いながらも疾走するメロディライン、そして菊田大介の手によるファンタジックなアレンジメントが鼓膜を捉えて離さない。宝野アリカが描いた緻密で力強い情景描写と、静と動が交錯するこの壮大な物語を、柔軟に、アグレッシヴに演じきった茅原。彼女のボーカリストとしての鮮烈な魅力を、再確認させてくれた楽曲だ。今年の『アニサマ』では、初日のオープニングを宝野アリカと2人で務め、この「Celestial Diva」をデュエットで披露。あの瞬間の燃えるようなオーディエンスの熱狂ぶりは今も忘れられない。

09: Lonely Doll

気がつけばこのアルバムも折り返し地点を過ぎ、物語は深淵へと到る。まるで中世ドイツのグリム兄弟が編纂したメルヒェンを思わせるような、仄かにダークで幻想的な世界観を、ピアノの旋律とチェロの重厚な音色が演出している。非常にシンプルな楽曲だが、シンプルであるがゆえに、描かれる物語の起伏に合わせえて与えられたアレンジの緻密さ、歌声の繊細さにハッとさせられ、切ない物語の結末も鮮やかな印象とともに心に残る。作詞・作曲は茅原実里自身。自らのリアルな心情を歌詞でストレートに表現するのではなく、独自の物語を描くように生み出されたこの楽曲は、彼女のシンガーソングライターとしての才能をしっかりと誇示するものとなった。どこかフォーキーなコード進行と悲哀に満ちたメロディラインなどは、彼女のルーツにも親しいものがあるのかもしれない。背筋がヒヤリとするようなこの雰囲気も、この絢爛豪華なテーマ・パークの中では重要なアクセントである。

10: この世界は僕らを待っていた

“必殺の1曲”というものがある。イントロが鳴った瞬間から景色が一変し、どんな状況であろうともその曲の魅力に耽溺してしまう、心高まる1曲。茅原実里はその“必殺の1曲”に恵まれた、豊富なヒット曲を持つシンガーではあるのだが、この突き抜けるような解放感と多幸感に彩られた“必殺の1曲”、「この世界は僕らを待っていた」を得たことによって、彼女の音楽的な幅はさらにグッと広がったように感じる。「Paradise Lost」のようなシリアスかつ熱い攻めのナンバーでオーディエンスを先導する彼女も勇ましくて魅力的だが、どこまでも広がる青空を眼前一杯に見せてくれるこの曲で、オーディエンスを瞬く間に幸福な笑顔にしてしまう姿もまた魅力的である。音楽が見せる夢、エンターテイメントが見せる夢を、この曲は1曲で体現出来るだけのエネルギーを持っている。そう言ってしまっても過言ではないほどに、このテーマ・パークの景色をも一変させ、アルバム=物語を佳境へと導いていく。

11: ZONE//ALONE

2011年10月に「TERMINATED」が世に放たれたときは、「この名曲が“茅原実里×畑亜貴×菊田大介”にとっての新たな代表曲になるのだろう」という大きな確信を持って受け入れたわけだが、その約1年後に「TERMINATED」を上回るほどのテンションとアグレッションを持った「ZONE//ALONE」が誕生してしまったときは、天井知らずなこのチームのクリエイティヴ力に戦慄したものである。もはや敵なし、あまりにも圧倒的。“茅原×畑×菊田”による怒涛のストリングス・ロック・ナンバーであり、今や“茅原サウンド”とも言うべき、彼女の歌が中心にあることで成立する会心の1曲である。解放的なメロディ、疾走するグルーヴ、ふくよかな抑揚を描き出すストリングス、アグレッシヴなシンセ・アレンジ、そして突き抜けるようなボーカリゼーション。そのすべてが最高点で融合を果たした、奇跡のような1曲だ。

12: 境界の彼方

そんな「もはや敵なし、あまりにも圧倒的」な3人によって生み出された、最新のマスターピース。アニメ作品のタイトルをそのまま曲名に冠することも初めてだったわけで、その気合いも曲の端々に窺える。作品性を象徴するような深い哀切と情緒、そして駆け出すような青春感。そんな歌詞を支え、受け止めたメロディはどこまでもまっすぐで、しなやかで、今すぐにも感情が溢れだしてしまいそうなほどに情熱的で、叙情的なバンド・アンサンブルとともに鳴り響く。ピアノの旋律がなんとも美しくパワフルで、この楽曲の持つエモーショナルな魅力を最大限に引き出している。茅原は楽曲が緻密に描き出す場面描写を的確に捉えて感情を注入し、切なくも希望を感じさせるような、絶妙な歌声を刻みつけていく。ロックの王道を行くようでもありながら、しかし革新的なバランス感覚によって成立しているであろうこの曲は、3人の関係性とともに積み上げられたクリエイティヴィティがなければ成立し得ない名曲と言えそうだ。

13: NEO FANTASIA

調律をするストリングス隊。しかしその音色たちが徐々に意思を持ち始め、この物語を終演へと導き始める。謎めいたイントロダクションによって引き上げられた我々の期待感を受け止めるのは、『機動戦士ガンダムU.C』や『ギルティクラウン』、そして『進撃の巨人』などの劇伴を手がけたことで今最も注目を集めている音楽家・澤野弘之。彼が茅原実里のために生み出したのは、メロディアスで、荘厳で、ファンタジックなオルタナティヴ・ロック・サウンドだった。このあまりにも斬新な展開は予想がつかないばかりか、まだ誰も見たことのないポップソングの可能性をプレゼンしているような、そんな野心すら感じさせる。そしてアルバム・タイトル曲に相応しい、ダイナミックで立体的な音像が先鋭的で、実に素晴らしい。この曲に畑亜貴が与えた歌詞は、茅原実里から聴き手に向けられた、これから訪れる未来への決意表明のようにも感じられた。

14: Neverending Dream

そして、夢は静かに終わりを告げる。残念なことに、徐々に日常という現実が目の前に迫ってきてしまうわけだが、このテーマ・パークは最後まで我々に対する気配りを忘れない。ざわつく心を優しく包み込んでくれるのは、どこか懐かしくて、温かくて、優しいメロディ。Elements Gardenの若き俊英Evan Callが、美しいオーケストレーションでこの華麗なるエンターテイメント作品に幕引きを行う。これまでに堪能した13曲のアトラクションの余韻に浸る中で、センチメンタルで感傷的な心を癒やすように歌われる「いつの日もこの場所に」「会いに来てね」「会いに行くよ」の歌声。夢の世界は心地良いが、いつか必ず終わりがやってくる。しかし、いつでもまたここに帰ってくればいいのだと、茅原実里はこの“終わらない夢”に心を託し、語りかけている。音楽による完璧な夢を見せてくれた本作は、同時に“現実と向き合う勇気”も教えてくれていたのかもしれない。まるで映画1本を観終えたような充実感とともに、『NEO FANTASIA』は終演した。

クロスレビュアー

>> 澄川龍一
アニメ音楽誌「リスアニ!」副編集長。編集や執筆のほか、イベント司会など行う。
>> 冨田明宏
音楽評論家、ラジオMC。アニメ誌や音楽誌での執筆や連載、『リスアニ!』の 企画/メイン・ライティングを担当。
>> 西原史顕
アニメ音楽誌「リスアニ!」編集長。同誌からマルチ展開したLIVEやWEB、TV番 組などの制作にも携わる。
>> 吉田尚記
『ミュ~コミ+プラス』AM1242(月)~(木)24:00-24:53
パーソナリティ、第49回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞受賞。
>> 齋藤光二
アニメロサマーライブ・ジェネラルプロデューサー。通称「齋藤P」。