澄川龍一
テーマパーク的な本作においてこの曲は、古くから場内の片隅にひっそりとたたずむ小屋のよう……と、思わず情景が浮かぶ、茅原の作詞・作曲による悲しい響きの一曲。彼女の詞曲における寓話的なアプローチというのも新鮮な驚きがあるが、その歌世界の見事さはさらなる驚きと感動をもたらした。また童謡的なメロディを歌う彼女の声も、物語の主人公である人形のようなイノセンスが込められ、その背景で鳴る菊谷知樹によるアコースティック・ギターの調べも相まって、このうえない哀愁を誘う。
冨田明宏
気がつけばこのアルバムも折り返し地点を過ぎ、物語は深淵へと到る。まるで中世ドイツのグリム兄弟が編纂したメルヒェンを思わせるような、仄かにダークで幻想的な世界観を、ピアノの旋律とチェロの重厚な音色が演出している。非常にシンプルな楽曲だが、シンプルであるがゆえに、描かれる物語の起伏に合わせえて与えられたアレンジの緻密さ、歌声の繊細さにハッとさせられ、切ない物語の結末も鮮やかな印象とともに心に残る。作詞・作曲は茅原実里自身。自らのリアルな心情を歌詞でストレートに表現するのではなく、独自の物語を描くように生み出されたこの楽曲は、彼女のシンガーソングライターとしての才能をしっかりと誇示するものとなった。どこかフォーキーなコード進行と悲哀に満ちたメロディラインなどは、彼女のルーツにも親しいものがあるのかもしれない。背筋がヒヤリとするようなこの雰囲気も、この絢爛豪華なテーマ・パークの中では重要なアクセントである。
西原史顕
そしてアルバムは再びバラードへ。ここまで〈二人〉を歌うことがほとんどだった今作において、どこまでも〈孤独〉な一曲となっている。M7から続く一連の流れを物語として受け止めれば、戦いの果ての虚しさ。愛する人を失った女性の悲しみが伝わってくる。平和を直接賛美するよりも、あえて喪失を表現することが平時の尊さを際立たせるのだ。一方で〈作詞/作曲 茅原実里〉というクレジットに着目したとき、博愛を感じさせたM5とは対称的な世界が描かれていることに驚く。「Lonely Doll」の「Doll」には、彼女の強い想いが込められているはずだ。これは、不安。どんなにパートナー(=ファン)と愛を分かち合えたとしても、ふと訪れる孤独の闇が、氷の微笑をもって〈それは幻想だ〉と囁くのである。だが、それを乗り越えるのも愛の力。この曲は、茅原実里と僕らの絆を試す荊でもある。
吉田尚記
ほかの場所が賑やかなときほど、一人になった時の孤独感は、際立つもの。「ソロ」を強く意識させる曲です。アナウンサー的なマニアックなボーカル音の聞き分けをすると、「あの夢をみていた」の「た」の部分、あえて表記すると「たはぁ」とでも書くべき、ひらがなひと文字では表現できない玄妙な音になってます。ほかにも母音が「a」「e」の音が、茅原さんにしか出来ない、口腔内おそらく2箇所以上共鳴してる、ものすごく倍音感のつよい、心地良い音色が充満してるので、寂しいだけじゃない曲なんですよねぇ……!
齋藤光二
まるでセピア色の写真に収められた欧羅巴の街並が見えてくるような幻想的小品です。
「碧い瞳の君」を待ち続ける「紅い瞳の私」は、ガラスケースの中で踊るオルゴール人形。ゼンマイ仕掛けの彼女がいつも奏でる調べは、あの名曲なのかも知れません。
私には、愛し合う相手と引き裂かれてしまった貴族の娘と舞姫、二人の「エリーゼ」の悲恋の物語にも重なって聴こえてきました。
「世界中で一人 好きだった君を
可愛い女の子が 連れ去ってしまった」
その震えた言葉と息遣いには、絶望と孤独が深く表現されています。